バレンタインデーの由来

 バレンタイン・デーの「バレンタイン」は、3世紀にローマで殉教したキリスト教徒の英語名で、イタリア語では「バレンチノ」といいます。
 3世紀当時のローマ皇帝クラウディウス二世(在位西暦268−270)は、兵士達の戦意に支障をきたすとして若者の結婚を禁じていました。インテラムナ(イタリア中部の町、現在のテラモ)のキリスト教司祭だったバレンタインは若者たちを哀れに思い密かに結婚させていたましが、皇帝の知るところとなってしまいます。皇帝はバレンタインにローマ国教への改宗を迫りましたが、承諾しなかったため投獄され処刑された。バレンタインが処刑された日が西暦270年2月14日です。殉教したバレンタインは、後に勢力を増したキリスト教により聖人として認定されました。

 また、同じくローマでは毎年2月14日にルペルクスという豊穣の神のためにルペルカーリアという祭が何百年ものあいだ行われていました。夕方になると未婚の女性たちの名前が書かれた紙を集め、翌日に未婚の男性がその紙を引き、紙に書かれた名前の女性と付き合うというものです。しかし、西暦496年になって、若者たちの風紀の乱れを憂えた当時の教皇ゲラシウス一世はこの祭を禁じ、かわりにキリスト教の聖人を奉る行事になりました。そして約200年前に殉教した聖人バレンタインを行事の守護聖人としたのです。その後、キリスト教ではカードや花束などを互いに贈り合う行事になり、現在も行われています。

通販できる人気チョコレート・ランキング